パラリンピック修理サービスの歴史

パラリンピック競技大会のパートナーとして、1988年から修理サービスを提供しています。

歴史

修理サービスの歴史

オットーボックは、1988年のソウル大会からにパラリンピックに関わるようになりました。

オーストラリアからソウルにやって来た4人のオットーボックの義肢装具士が、参加選手に修理やメンテナンスを提供する必要があることに気づき、テントをはってワークショップを設営したのが修理サービスの始まりです。

オットーボックパラリンピック修理サービスの歴史
夏季大会

夏季大会

2020年 東京 / 日本

修理技術者:106名、修理件数:2,083件

オットーボックは東京2020パラリンピック競技大会のオフィシャルサポーター(義肢、装具、車いす、外骨格装置)として、8月24日から9月5日まで開催された東京2020大会の選手村内の修理サービスセンターと14カ所の修理ブースにおいて、選手が使用する機器のメンテンナンスと修理サービスを無償で提供しました。

2016年リオデジャネイロ / ブラジル

修理技術者:100名、参加競技者:4,342名、参加国:159ヶ国、観客動員:2,150,000名
          
29ヶ国から参加した義肢装具士、車いす技術者、溶接技術者、サポートスタッフからなる100名のチームを構成し修理対応しました。
選手村内の修理サービスセンターと、14ヶ所の競技会場に修理ブースを設営し、多い時には1日200件以上、134ヶ国の選手に2,408件の修理を実施しました。 

2012年ロンドン / 英国

修理技術者:80名、参加競技者:4,294名、参加国:164ヶ国、観客動員:2,200,000名
          
各国から80人の技術者(義肢装具士、車いす技術者、溶接技術者)が参加し、10,000時間以上かけ2,062件以上の修理を実施。
3ヶ所のパラリンピック村内に修理センター、9ヶ所の競技会場、ウォームアップトラックに修理ブース、マラソン競技用の移動式修理ワークショップも配備しました。

2008年北京 / 中国

修理技術者:86名、参加競技者:3,951名、参加国:146ヶ国、観客動員:1,820,000名
          
大会期間中、昼夜なしで働き、2,188件の修理サービスを提供しました。
マダガスカルのHarijaona選手は、アルミニウムと革でできた義足の修理に来ました。
オットーボックの技術者から古い義足の修理は難しいので無償で新しい義足を作ることを提案され、彼は耳を疑うばかりでした。

2004年アテネ / ギリシャ

修理技術者:68名、参加競技者:3,808名、参加国:135ヶ国、観客動員:850,000名
          
トータル2,000件以上の修理サービスを提供しました。
イランの車椅子バスケットボールチームは、アテネ到着時に車椅子のワッシャーが無くなってしまいました。翌日に試合を控え、オットーボックの修理チームが大急ぎで全員の車椅子のパーツを付替えました。

2000年シドニー / オーストラリア

修理技術者:60名、参加競技者:3,881名、参加国:122ヶ国、観客動員:1,200,000名
          
修理サービスチームは11ヶ国から参加した60名の技術者で構成されました。 
南アフリカのLombard選手は、競技中に膝継手のアンカーが外れてしまいましたが、オットーボックの技術者が直ちに修理にあたった結果、5種競技の金メダルを獲得しました。

1996年アトランタ / アメリカ合衆国

修理技術者:25名、参加競技者:3,259名、参加国:104ヶ国、観客動員:388,373名
          
人々の関心も高まり、40万人近い人々と2,000以上のメディアが競技場に足を運びました。
修理サービスセンターでもトータル1,100件の修理を提供するまでになりました。

1992年バルセロナ / スペイン

修理技術者:12名、参加競技者:3,001名、参加国:83ヶ国、観客動員:65,000名(開会式のみ)
          
選手村にフル装備の移動式の修理サービス用のワークショップを設営し、本格的な修理サービスを展開しました。

1988年ソウル / 韓国

修理技術者:4名、参加競技者:3,057名、参加国:61ヶ国、観客動員:75,000名(開会式のみ)
          
オーストラリアから参加した4人の技術者により、オットーボックは初めて無料の修理サービスを提供しました。

冬季大会

冬季大会

2022年北京 / 中国

修理技術者:41名
          
東京2020からわずか半年後、12ヶ国から技術者が集まり、トータル384件の修理サービスを提供しました。
北京、延慶、張家口の各選手村に修理サービスセンター3ケ所、その他5つの競技会場に修理ブースを開設しました。

2018年平昌 / 韓国

修理技術者:23名、参加競技者:567名、参加国:49ヶ国、観客動員: 742,000名
          
オットーボックが初めて修理サービスを行った1988年のパラリンピックソウル大会から30年目となった今大会では、選手村内と3ヶ所の競技会場で修理サービスに対応し、2,152時間をかけて410件の修理を実施しました。

2014年ソチ / ロシア

修理技術者:28名、参加競技者:550名、参加国:45ヶ国、観客動員: 316,200名
          
2ケ所の選手村と3ケ所の競技会場に修理サービスセンターを設営しました。
ぶつかり合いの激しいアイススレッジホッケーなどでたくさんの修理が発生します。
その他にも開会式、閉会式で車椅子ユーザーの旗手が使用する旗を受けるホルダーの取付け作業も任されました。

2010年バンクーバー / カナダ

参加競技者:502名、参加国:44ヶ国、観客動員:230,000名
          
国際パラリンピック委員会との共催で、「モーションスピリット: 私たちを動かしているものを見てみよう」という展示会をウィスラーで開催しました。
約25,000人が会場を訪れ、パラスポーツの歴史や競技で使用される機器の技術に興味を示しました。

2006年トリノ / イタリア

修理技術者:32名、参加競技者:474名、参加国:38ヶ国、観客動員: 162,974名
          
ベラルーシのVauchok選手とアメリカのKhndzrtsyan選手は開会式の旗手を務めることになっていましたが、数時間前に車椅子の旗の取付け金具が壊れてしまいました。
直ちに修理センターで新しい金具が溶接され、開会式が始まるまでにオリンピックスタジアムに到着することができました。

2002年ソルトレイクシティ / アメリカ

パラリンピックに対する人気が高まり、観戦チケットの販売数を増やしました。
          
スロバキアのChlebakova選手はスキー大回転の競技前日、粉々に壊れた義手をもって修理サービスセンターに来ました。
チームが一晩で新しい義手 を作り上げたおかげでChlebakova選手は銅メダルを獲得し、センターに戻って来て、技術者に メダルを見せ、自分のゼッケンを手渡しました。

1998年長野 / 日本

修理技術者:20名、参加競技者:561名、参加国:31ヶ国、観客動員: 151,376名
          
ヨーロッパ以外で行なわれる初の冬季大会でした。
カナダのLudbrook選手はトレーニング中に義足の接合部分を壊してしまいました。5時間に及ぶ修理の結果、義足は新品同様になり、競技に戻ることができました。

1992年アルベールビル / フランス

修理技術者:7名、参加競技者:365名、参加国:24ヶ国
          
1992年のティーニュ、アルベールビル冬季大会では365名のうち女性競技者は77名でした。
この大会は、オリンピック開催地と同じ場所で開催された最初の冬季大会でした。オットーボックはこの大会で冬季大会としては初めて修理サービスを提供しました。

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